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原子力災害対策指針のパブコメにみんなの声を!

こんな「被ばく」基準、許せない!
という、市民の義憤の声を、ぜひみんなで原子力規制庁に届けましょう。
(日本語であれば、どこからでも提出できます)
意見提出フォーム:https://search.e-gov.go.jp/servlet/Opinion
締め切り: 2013年2月12日(日本時間)
通常のパブコメは、提出期間が30日なのに、今回はたったの2週間。
その理由として、以下の文面が記載されていますが、もっと早くから募集していれば避けられたはずです。
「原子力規制委員会設置法(平成24年法律第47号)及び原子力規制委員会設置法の一部の施行期日を定める政令(平成24年政令第277号)により、平成25年3月18日から、各地方公共団体の作成する地域防災計画は原子力災害対策指針等に基づくものとなります。
 これに伴い、原子力災害対策指針に基づき地域防災計画を作成するための検討期間を、各地方公共団体において十分に設けるためには、原子力災害対策指針を早急に改定する必要があります。
 従いまして、本意見の提出に係っては、行政手続法(平成5年法律第88号)第40条第1項に規定されている「三十日以上の意見提出期間を定めることができないやむを得ない理由があるとき」に該当するため、30日より短い期間を設定して、意見の募集を行うこととします。」

要するに、官僚の怠慢による民主主義の犠牲か、民主主義を阻むための口実のどちらかです。

ともあれ、署名活動やデモに並ぶ貴重な手段、パブコメを、精一杯活かしましょう。
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以下、FoE Japanの満田さんのよびかけを転載します。
こちらでも読めます。
http://hinan-kenri.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/post-0971.html

みなさま(重複失礼、拡散歓迎)

FoE Japanの満田です。本日の原子力規制委で、避難基準(事故後最初の数時間は毎時500μSv、その後は毎時20μSv)を含む原子力災害対策指針案が了解され、今日から2週間、パブリック・コメントに付されることになりました。被災者のヒアリングもせずに、こんなものをサクサク決めていくなんて、許せん!と怒り心頭です。

傍聴席から
「パブコメ2週間なんて短すぎます」
「各地で説明会開いてください」
「被災者のヒアリングをしてください」
「避難基準高すぎます!20マイクロなんて受け入れられません!」
「国民が当事者です。国民の声をきいてください」
などの声があがっていました。(が退場を命じられてしまいました)

さきほどようやく規制委にパブコメページがアップされました。(が、パブコメ提出フォームはエラーがでていました)
http://www.nsr.go.jp/public_comment/bosyu130130.html

みなさん、ぜひパブコメを出しましょう。たった2週間しかありませんが、彼らには出されたパブコメに答える義務があります。
多くの国民が、「20μSvなんてとんでもない!」と声をあげれば、無視はできません。
ぜひ、各地で、「パブコメだそう!」の声を広げてください!
東京では、2/9(土)の18時から、飯田橋の仕事センターで「パブコメ・ワークショップ」を開催します。
また、各地で、規制庁を呼んでの説明会開催を求めてください!
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【実践セミナー】みんなで書こう!
原発「新安全基準」&「防災指針」パブリック・コメント
http://hinan-kenri.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/2918-55b2.html
日時:2月9日(土)18:00~20:00
場所:東京しごとセンター (東京都千代田区飯田橋3丁目10番3号)
ゲスト:後藤政志さん (原発技術者)
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原子力災害対策指針については、下記に図入りの説明ペーパーをアップしています(PDF)。
https://dl.dropbox.com/u/23151586/130123_bousai_factsheet.pdf
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下記はパブリックコメントの文例です。
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○パブリックコメントの期間が短すぎます!
2週間のパブリック・コメントの期間はあまりに短すぎます。国民の命や安全に関する問題です。当事者は国民です。各地で説明会を開催するべきです。
○緊急防護準備区域(UPZ)30kmでは狭すぎます!
福島原発事故後、3月15日、60kmの福島市も24μSv/時を観測しました。
避難指示がだされた飯館村は30~35kmでした
規制委員会が行ったシミュレーションで、7日間100mSvでも30km以遠に及びました。
自治体は、UPZ=避難範囲ととらえてしまっています。

○500μSv/時、20μSv/時という基準が高すぎます。
放射線管理区域の基準(実効線量が3月あたり1.3mSv)が年換算5.2mSv、毎時換算0.6μSvであること、チェルノブイリ事故後生じたさまざまな疾患を考えれば、避難基準としての20μSv/時はあまりに高い値です。
子ども・妊婦への配慮は行われていないのは問題です。福島原発事故後、国が示した「年20mSv」という基準による避難区域の外側では、多くの人々が自主的判断のもとでの避難を強いられました。それが再現されていいのでしょうか?

○今回の原子力規制委員会の検討はあまりに拙速です。
原発事故によって、最も被害を受けるのは近隣の住民であり、被害の範囲は全国民に及びます。原子力規制委員会は、福島原発事故の実態をふまえるため、被災住民からの聴き取りを行うとともに、広く懸念を有する市民の声をきくべきです。
各原発立地およびその周辺地域で、説明会を開催するべきです。
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※参考記事
原子力災害対策指針案、パブコメへ:避難基準は事故後数時間は500μSv/時、
その後20μSv/時 … この被ばくを受け入れることができますか?
http://hinan-kenri.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/500sv20sv-85d6.html

by addionuke | 2013-01-31 03:05 | 関連ニュース

福島 ・ FUKUSHIMA - 日本語版 by Myles GJ


by addionuke | 2013-01-30 04:32 | 関連ニュース

原発の新安全基準は妥当か? 元東芝・原子炉格納容器設計者、後藤正志氏 2013年1月25日録画

答えは、残念ながらノー。でも、どうしてノーなのか、どこが危ないのか? 知りたい人は、必見! 


     原発過酷事故は、100万年に一度しか起きない事故だからいい?
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                        ↓
                福島事故は、そうは考えられない。
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(22分~分はかなりテクニカルな話なので、時間がなければ飛ばしてもOKかもしれません。
以下にスライドの写真を掲載しておきます。ただし、お話を聞いたほうがわかりやすいのは確かです。)

More
by addionuke | 2013-01-27 18:53 | 関連ニュース

中日新聞連載 「日米同盟と原発」

最新の記事:

■第5回 「毒をもって毒を制す」
(1)マスコミを取り込め(2013年1月23日)
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/arrandnuc/list/201301/CK2013012302000235.html
(2)平和利用で「ばら色」(2013年1月23日)
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/arrandnuc/list/201301/CK2013012302000234.html
(3)念願の原子力閣僚(2013年1月23日)
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/arrandnuc/list/201301/CK2013012302000233.html
(4)「PODAMは協力的」(2013年1月23日)
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/arrandnuc/list/201301/CK2013012302000232.html
(5)木っ端役人は黙っとれ(2013年1月23日)
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/arrandnuc/list/201301/CK2013012302000231.html
(附1)幻の「広島原発」 米が一時検討、市長も前向き(2013年1月23日)
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/arrandnuc/list/201301/CK2013012302000230.html
(附2) 国内初の原子炉導入をめぐる動き(2013年1月23日)
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/arrandnuc/list/201301/CK2013012302100006.html

シリーズの最初から

■第1回「幻の原爆製造」
(1)どうにか、できそうだ(2012年8月16日)
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/arrandnuc/list/201208/CK2012081602000253.html
(2)戦争の死命を制する(2012年8月16日)
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/arrandnuc/list/201208/CK2012081602000254.html
(3)ウランを入手せよ(2012年8月16日)
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/arrandnuc/list/201208/CK2012081602000255.html
(4)行きつまった感あり(2012年8月16日)
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/arrandnuc/list/201208/CK2012081602000256.html
(5)少年らに「マッチ箱一つ」(2012年8月16日)
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/arrandnuc/list/201208/CK2012081602000257.html
(6)腹を切る時が来た(2012年8月16日)
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/arrandnuc/list/201208/CK2012081602000258.html
(附1)原爆開発の端緒 仁科報告書のコピー入手(2012年8月16日)
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/arrandnuc/list/201208/CK2012081602000252.html
(附2)<日米の原爆開発>(2012年8月16日)
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/arrandnuc/list/201208/CK2012082102100008.html
(附3)戦時中の核開発をめぐる動き(2012年8月16日)
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/arrandnuc/list/201208/CK2012081602000259.html

■第2回「封印された核の恐怖」
(1)死の街ヒロシマ(2012年9月25日)
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/arrandnuc/list/201209/CK2012092502100004.html
(2)悲劇は「日本の宣伝」(2012年9月25日)
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/arrandnuc/list/201209/CK2012092502100005.html
(3)20万人以上の「実験」(2012年9月25日)
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/arrandnuc/list/201209/CK2012092502100006.html
(4)近づく冷戦の足音(2012年9月25日)
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/arrandnuc/list/201209/CK2012092502100007.html
(5)仁科の死そして巣鴨プリズン(2012年9月25日)
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/arrandnuc/list/201209/CK2012092502100008.html
(附1)「被ばくの公表避けよ」 広島原爆で旧軍部指示(2012年9月25日)
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/arrandnuc/list/201209/CK2012092502100003.html
(附2)鎮痛薬「ピカドン」など原子力賛美 GHQが情報統制(2012年9月25日)
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/arrandnuc/list/201209/CK2012092502100009.html
(附3)占領期の核をめぐる主な動き(2012年9月25日)
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/arrandnuc/list/201209/CK2012092502100010.html

■第3回「被ばくの記憶 原子力の夢」 
(1)忘れ去ることなり(2012年11月7日)
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/arrandnuc/list/201211/CK2012110702000257.html
(2)研究再開ののろし(2012年11月7日)
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/arrandnuc/list/201211/CK2012110702000258.html
(3)被ばく教授、涙の演説(2012年11月7日)
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/arrandnuc/list/201211/CK2012110702000259.html
(4)仕組まれた「わな」(2012年11月7日)
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/arrandnuc/list/201211/CK2012110702000260.html
(5)札束でひっぱたく(2012年11月7日)
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/arrandnuc/list/201211/CK2012110702000262.html
(附1)極秘文書に科学者81人の思想選別(2012年11月7日)
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/arrandnuc/list/201211/CK2012110702000263.html

■第4回「ビキニの灰」
(1)第五福竜丸の衝撃(2012年12月25日)
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/arrandnuc/list/201212/CK2012122502000198.html
(2)俺たちで終わりに(2012年12月25日)
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/arrandnuc/list/201212/CK2012122502000199.html
(3)食卓から魚が消えた(2012年12月25日)
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/arrandnuc/list/201212/CK2012122502000200.html
(4)「原因はサンゴの粉じん」(2012年12月25日)
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/arrandnuc/list/201212/CK2012122502000201.html
(5)「平和利用」の大義(2012年12月25日)
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/arrandnuc/list/201212/CK2012122502000202.html
(附1)原爆より膨大な水爆エネルギー (2012年12月25日)
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/arrandnuc/list/201212/CK2012122502000203.html
(附2)ビキニ事件と原子力をめぐる動き(2012年12月25日)
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/arrandnuc/list/201212/CK2012122502100007.html

by addionuke | 2013-01-27 09:02 | お奨めリンク ― 原発関係

原発銀座~福井県の苦悩  福井敦賀生まれのジャーナリストによるルポ。必見。

昨年の大飯原発再稼動前夜に敦賀生まれの若いジャーナリストが福井テレビのために作成したルポ。
再稼動に賛成・反対を論じる前に地元の事情と本音を把握しようとした試み。
本当に福井県の立場を変えさせるには、まずここにあるさまざまな視点と思いを理解し、一緒に道を探ることから出発する必要があるのではないかと思う。


by addionuke | 2013-01-26 18:13 | 関連ニュース

フランスTV5 WHOがフクシマの犠牲者を無視する理由 (日本語字幕付)


by addionuke | 2013-01-26 17:36 | 関連ニュース

双葉町の井戸川町長「辞意の真意」を語る


by addionuke | 2013-01-26 04:07 | 関連ニュース

フクシマ: 過去の過ちを繰り返さないで 【2013年の初めに日本の原発事情を考える~その3】

[2013年1月15日にイタリアの日刊紙《イル・マニフェスト》に掲載された記事を元に、昨年12月、帰国時の報告を3回にわたって掲載します。その1はここへ、その2はこちら
                           ©資料センター《雪の下の種》 齋藤ゆかり 文&写真]


「原発抜きの道」を勝ち取った小浜市の孤独な戦い

 そういう石地さん自身は、長年、地元で原発に反対していない人たちとの対話活動を続けている。
こちらの言い分を言うのが主ではなく、聞くのを主にした活動だという。
「若狭の地元で今でもはっきり反対しているのは、ほんの数人です。でも、ちゃんと残っている。
負け続け周囲から変わり者だと思われれば、だんだん嫌になり気持ちも落ち込んできても当然
でしょう? それが、そうならなかったのは、僕の場合は、対話をしていたからです」。

 もし、住民が本当に原発賛成だったなら、話など聞かずに玄関払いされてもおかしくないが、
そのようなケースはほとんど経験していないという。
「僕が続けていられるのは、相手から嫌われることもなく、お互いの気持に通じる思いがたくさんある
ことがわかったからです。でも、その気持ちが、福島の事故の前後で変わったかというと、それはないですね。」

 今年(2012年)も、大飯原発再稼働をめぐり、チラシを各戸に配るだけでなく、その家の人と話を
する活動をずっとしてきた。
「地元の人は、話はしたいんです。不満を抱えているから。親兄弟や近所とは、表向きの話は
できても、本音の話はできない。それが、直接利害関係のない全然知らない人とはできるんですね。
深くものを考えている人も、たくさんいます。福井県は、県民が80万人いますが、原発増設反対のための草の根署名で 20万筆が集まった実績もあるんですよ」。

 考えなきゃいけないと思っている人はかなりいる。自分たちで考えを変えていかなければいけないが、原発をやめて一番困るのは町民、県民ではなくて、交付金を失う自治体だろう、という心配が多くの人たちにとってブレーキになっている現実がある。

 実際、福井県知事の場合ですら、依存を生み出しているのは、原発そのものよりも金であろう。
2010年度に福井に支払われた電源三法交付金215億円余りのうち、県は4割以上(累計では
6割以上で、立地嶺南の自治体は半分以下)を受け取っているのだから、切実だ。
まるで、道路や福祉や雇用は、原発と引き換えでなければ得られないと言わんばかり。
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 [資料:福井県 電源三法交付金の概要PDF]


 もっとも、同じ若狭湾に面しながら、原発になびかなかった自治体もある。美浜町とおおい町の間に位置する小浜市だ。人口約3万人。奈良時代から古都と朝鮮半島とを結ぶ港町として重要な役割を果たし、名刹も多い杉田玄白誕生の地だ。近年では、柄物の塗箸の産地と食のスポットとして知られている。

 周辺の自治体が次々に原発立地になる中で、なぜ、小浜市だけは、あの手この手を使った電力会社の度重なる懐柔作戦にも屈せず、誘致を断念させることができたのか?

 石地さん曰く、40年ほど前、高浜や大飯の誘致と同じ時期に誘致の話がもちあがった。最初は、県議会も町議会も市長も誘致派だったが、賛成派と慎重(反対)派の二つに分かれていた漁協の慎重派のリーダーが、福井県選出の国会議員のところに行き、「もし、あなたのところに原発を誘致することになったら、どうしますか?」と聞いて、「やっぱり嫌だ」という答えが引き出せた。そこで、「そうなら、わたしらも嫌なんで、ちゃんとした道さえ作ってくれれば、原発なくても大丈夫、わたしらやっていけます」と言って、小さな道を県道に昇格させた。
「もちろん、それだけではなくて、議会の傍聴などにもしっかり行って、最終的には署名を集め、半数以上の反対を集めることができたんです。でも、それでも、議会は誘致派のほうが多くて賛成しましたが、結局は、最終的判断は市長が、市民がこれだけ反対していることをするわけにはいかないと言って断念しました」。

 さらに、10年後、再び話が浮上した時にも、市長が反対。
また、つい最近には、使用済み核燃料の中間貯蔵地の誘致話が持ち上がり、賛否両方の署名を集めた。反対は1万3,4千、賛成は3,4千だった。
「市長はもとは誘致派だったんけれど、中間貯蔵はしないという公約で選挙に勝った。
結局、三度にわたって市民の判断が議会を動かして、反対が決まったんです」。

 美浜から小浜に向かう道中、石地さんがこれらの説明をしてくれているさなかに、カー・ラジオから地元のニュースが流れる。
「・・・大飯原発では明後日からまた国の原子力帰省員会による追加調査に入るなど、福井ではここ1年の締めくくりも大飯原発のニュースとなりそうです。まず、今年最初の大きな動きは、再稼働についてでした。関西電力が持つ11基の原発のうち、最大の発電量をもち、全国で最も早くストレステストの審査が進んでいたのが大飯原発です。稼働しなければ、夏の関西圏の電力が大幅に…」

 そういえば、この再稼働の動きに対し、小浜市議会は昨年6月、「原子力発電からの脱却を求める意見書」を全会一致で可決したというニュースがあったのを思い出す。それもそのはず、この原発は、おおい町よりも小浜の市街地のほうにずっと近くて、こちらのほうが実質的な地元なのだ。その近さは、間もなく私自身が現場で実感することになる。
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かつて古都、奈良、京都の朝鮮半島に面した玄関だった小浜 韓国の遭難船救助の記念碑
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つづきを読む
by addionuke | 2013-01-17 01:24 | 関連ニュース

フクシマ: 過去の過ちを繰り返さないで 【2013年の初めに日本の原発事情を考える~その2】

[2013年1月15日にイタリアの日刊紙《イル・マニフェスト》に掲載された記事を元に、昨年12月、帰国時の報告を3回にわたって掲載します。その1はこちら
                          ©資料センター《雪の下の種》 齋藤ゆかり 文&写真]

原子力の罠にはまった福井

 それにしても、なぜ、福井は福島原発事故にもかかわらず、原子力に固執するのだろうか。
 その理由を理解する上で、現地を訪ねてみるのはいくらか役に立つかもしれない。

 福島県は、面積4000km2に人口80万余りが住み、福島第一原子力発電所からは約500キロ離れている。古都京都の北に位置し、日本海に面していて海の向こうに朝鮮半島を臨む、いわば日本の古い玄関の一つ。
 今回の訪問は、東京在住のフォトジャーナリストで福島原発事故についても多数の著作がある豊田直巳氏に同行、地元の「プルサーマルを心配するふつうの若狭の民の会」の石地優氏に車で案内していただいた。

 2012年も残すところわずかとなった暗く寒さの厳しい日、敦賀駅から出るなり雪と雨の混じる風に帽子を飛ばされそうになる。
「この辺りは、冬は、いつもこんな感じの天気なんです」
 あいにくのお天気だ、というこちらの表情を即座に読みとってか、すぐに石地さんが言う。

 最初の訪問地は、敦賀原子力発電所に隣接する敦賀原子力館
敦賀原発には、廃炉になった「ふげん」を含め、3基の原子炉がある。安全をアピールする情報に溢れ、面白そうなゲーム機器も並ぶ(学校見学などが多数訪れるのだろう)原子力館からガラス越しに見える一連の建物は、最近、ペンキを塗り直した甲斐もあって、やけにきれいで整然としている。ところが、実は、1号機は世界で最も古い原子炉の一つ。最初の稼働からすでに43年が経過し、2009年には廃炉が予定されていたものの、新規原子炉2基の建設着工が遅れているために、まだ引退できずにいるのだ。


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 そうこうするうちに、最近、原子炉直下に活断層がある疑いが強まり、発電所全体の将来が危ぶまれている。ホテルや民宿などのサービス業をはじめ、原発を中心に経済が成り立っている地元の状況は、極めて厳しい。
「動かせるのか、廃炉にするのか、先が見えない今みたいな状態が一番困るんです」と石地さん。

 だったら、すぐ廃炉にすればいいのに、と単純に思う。
「廃炉に決めれば、廃炉の仕事が入りますよね、三十年とか五十年とかかかるわけだから。保証されるし、その間に代替の産業だって開発できるでしょう」と豊田さんも言う。ところが、そう簡単には問屋が卸さないらしい。
「廃炉になれば、その仕事があるし、再生エネルギーに転換すれば、そっちだってあるということは、理屈ではわかっても、やっぱり廃炉になった時に、具体的に自分たちにとってどういう仕事があるのか、職種も規模も不透明で見えていない。だから、今ある状況を何とか維持したいと思ってしまう
んです」。
 そう言って、石地さんは、若狭湾に最初に建てられ、原発銀座の起爆剤となった敦賀原発の歴史について話してくれた。

つづきを読む
by addionuke | 2013-01-16 22:37 | 関連ニュース

空白の初期被ばく ~消えたヨウ素131を追う~

http://www.dailymotion.com/video/xwpjzj_yyyyyyyy-yyyyyy131yyy-1_news?start=51#.UPMqKaz4rTP

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by addionuke | 2013-01-14 06:59 | 関連ニュース